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制度・動向
被仮放免者情報の共有と在留管理 ~不法滞在者ゼロプランの新施策~
皆さん、こんにちは。未来扶桑行政書士事務所 行政書士の樋口裕昭です。
2026年1月23日、政府は外国人に対する総合的施策を閣議決定しました。その中で注目すべき施策の一つが、被仮放免者等の情報を出入国在留管理庁から市区町村に対してプッシュ型で提供する仕組みです。2026年度中を目途に開始されるこの新たな情報共有は、これまで自治体が把握できなかった被仮放免者の実態を可視化し、適切な行政サービスの提供と地域の安全・安心の確保を目指すものです。
今回は、仮放免制度とは何か、これまでどのような課題があったのか、そして川口市のクルド人問題など具体的な社会問題を背景に、新たな施策がどのような変化をもたらすのかについて解説します。

仮放免制度とは
仮放免(かりほうめん)とは、退去強制手続きの対象となった外国人を収容施設から一時的に解放し、施設外での生活を認める措置です。入国管理局が収容中の外国人について身柄拘束を一時的に停止するもので、収容の長期化による人道的配慮や、本人の事情(病気、家族の事情など)を考慮して実施されます。
仮放免が認められた外国人には、住居の指定、行動範囲の制限(都道府県をまたぐ移動の禁止)、定期的な出頭義務などの条件が付されます。ただし、在留資格は付与されないため、原則として就労が禁止されており、健康保険への加入も認められません。また、住民基本台帳にも登録されないため、多くの行政サービスを受けることができません。
2024年施行の改正入管法により、仮放免に代わる「監理措置制度」が導入されました。これは、支援者や弁護士などが「監理人」となり、被監理者の身元や生活状況を管理・報告する制度です。しかし、既存の仮放免者も相当数存在しており、地域社会との関係において様々な課題が顕在化しています。
これまでの課題:市区町村が把握できない実態
被仮放免者をめぐる最も深刻な課題は、市区町村が実態を把握できないことです。2012年の外国人登録制度廃止以降、仮放免者は住民基本台帳に登録されなくなりました。これは麻生太郎政権下の2009年の法改正によるもので、皮肉なことに、この制度変更が現在の問題の一因となっています。
市区町村は、仮放免者が何人住んでいるのか、どこに住んでいるのか、どのような生活をしているのかを把握する手段がありませんでした。一方、出入国在留管理庁は定期的な出頭義務を通じて仮放免者の情報を把握していますが、その情報は自治体と共有されていませんでした。
仮放免者は就労が禁止されているため、税金を納めることも健康保険に加入することもできません。しかし、人道上の観点から、子どもの就学は受け入れなければならないなど、自治体には一定の義務が課されています。川口市長が指摘するように、「国が就労を認めない以上、税金を払えないのは当然」であり、「仮放免として日本に滞在する許可を出すのであれば、彼らが生活する術を考える必要がある」というジレンマが存在していました。
この制度の矛盾が、不法就労の温床となっていました。就労が禁止されているにもかかわらず、生活のために建設業や解体業などで違法に働かざるを得ない状況が生まれ、企業側もそれを黙認するという構造的な問題が発生していたのです。
川口市のクルド人問題:歴史的背景
埼玉県川口市周辺のクルド人問題は、被仮放免者をめぐる課題が最も顕在化した事例です。この問題を理解するには、なぜ川口市にクルド人が集住するようになったのか、その歴史的経緯を知る必要があります。
難民申請制度の変遷と就労許可の「抜け穴」
1990年代から、トルコ東南部でのクルド人に対する迫害を逃れて、日本にやってくるクルド人が現れ始めました。日本とトルコの間には査証相互免除協定があり、3ヶ月以内の短期滞在はビザが不要だったことも理由の一つです。
重要なのは、2010年から2018年1月まで実施されていた難民認定申請者に対する就労許可の運用です。この期間、難民認定申請から6ヶ月が経過した外国人には「特定活動(6ヶ月・就労可)」という在留資格が一律で与えられていました。審査結果が出るまでの生活に配慮する目的でしたが、この制度が就労目的で日本に滞在したい外国人にとって「抜け穴」として機能してしまいました。
難民認定が却下されても、理由を変えて再申請を繰り返すことで、日本で働き続けることが可能だったのです。その結果、2017年には難民認定申請数が約2万件に達し、フィリピンやベトナムからの申請が急増しました。明らかに難民に該当しない理由での申請が大半を占める状況となったのです。
2018年1月、法務省はこの運用を見直し、申請者をA~Dの4段階に振り分け、難民である可能性が高いA案件のみに「特定活動(就労可)」を付与する厳格な制度に変更しました。しかし、それまでに来日し、仮放免状態となったクルド人が相当数、川口市周辺に居住するようになっていました。
川口市への集住の地理的・経済的要因
川口市にクルド人が集住した理由は、地理的・経済的な要因が大きいと考えられます。川口市は東京都に隣接し都心へのアクセスが良好でありながら、都内に比べて土地や家賃に割安感があります。また、既に川口市に住んでいる知人を頼って新たに居住する外国人が多く、コミュニティの形成が進みました。
さらに、川口市周辺には建設業や解体業の需要が多く、これらの業種は肉体労働や粉塵被害などの健康リスクから日本人労働者から敬遠されがちで、慢性的な人手不足が続いていました。仮放免者は就労が禁止されているにもかかわらず、生活のために不法就労せざるを得ず、企業側も「クルド人がいないと現場が回らない」という状況で黙認していました。
2025年5月時点で、埼玉県の解体業者の約170社がクルド人経営の会社となっており、日本人や非クルド人も雇用されています。正規の在留資格を持つクルド人の中には、東日本大震災後に独立して会社を設立した者もおり、「経営・管理」や「永住者」「定住者」などの在留資格で適法に事業を営んでいます。
顕在化した社会問題:2023年の病院騒動
川口市のクルド人問題が全国的に注目されるきっかけとなったのが、2023年7月4日に発生した川口市立医療センター前の騒動です。
クルド人同士の暴力事件で負傷した被害者と加害者が同病院に救急搬送されたことを知った双方の親族や仲間ら約100人が病院に集結しました。救急外来の入り口をこじ開けようとしたり、大声を出してドアを叩くなどの騒動が発生し、対立グループ同士での乱闘にもなりました。病院は警察に通報し、救急搬送受入を全面停止。大量の警察官と機動隊員が動員される事態となりました。
この事件の背景には、既婚女性を連れて川口から横浜に逃避行した男性を、女性親族の男たちが襲ったという男女関係のトラブルがあったとされています。殺人未遂容疑などで7人のクルド人が逮捕されましたが、全員が不起訴となり、市内で暮らしている状況に対して、地域住民から「野放しにするのか」との声が多数寄せられました。
地域住民との摩擦
川口市が把握しているだけでも、900人以上のトルコ国籍の仮放免者が市内に住んでおり、その多くがクルド人と見られています。河野太郎衆議院議員の調査によると、2024年末時点で川口市内に住んでいるトルコ人は2,206人で、そのうち717人が仮放免者、31人が監理措置者でした。つまり、川口市に滞在しているトルコ人の75%が難民認定等手続中の特定活動、仮放免、監理措置のいずれかという状況です。
地域住民との摩擦としては、夜間の騒音問題、ゴミの分別マナー違反、車の運転マナー(無免許運転や暴走行為)、コンビニ周辺での集団滞留などが報告されています。ただし、川口市の認知犯罪件数は2022年で3,815件(うち1,205件は自転車盗)と、2008年のピーク時(16,314件)と比べて4分の1に減少しており、統計上はクルド人の存在が治安悪化を招いているとは言えません。
問題は、文化や生活習慣の違い、そして日本の生活ルールへの理解不足から生じる日常的なトラブルと、仮放免という不安定な立場が生み出す構造的な問題にあります。
川口市からの要望
川口市は2020年12月と2023年9月の2度、法務大臣へ要望書を提出しました。主な内容は以下の通りです。
仮放免者が最低限の生活維持ができるように、身元保証の仕組みの導入など就労を可能にする制度の構築
生活維持が困難な仮放免者の健康保険をはじめ行政サービスの適否の判断
不法行為を行う外国人について法に基づき強制送還などの厳格な対処
川口市長の奥ノ木信夫氏は、「仮放免の外国人による不法行為問題は国の制度が原因であって、本来ならば市が対応する問題ではない」「出入国在留管理庁が不法滞在している外国人を捕まえることしか考えていないとすれば、この問題が解決することはない」と指摘しています。
市内の学校にはクルド人児童が急増し、日本語対応や教育支援に人手が足りない状況が続いています。教員が土曜日に外国人の子どもに日本語を教える活動を自主的に行っているものの、国からの支援は一切ありません。
国の新たな対応策:不法滞在者ゼロプラン
こうした状況を受けて、政府は2025年5月に「不法滞在者ゼロプラン」を発表しました。主な施策は以下の通りです。
難民認定手続きの迅速化:平均処理期間を2030年までに6ヶ月とする
退去強制の強化:2027年までに国費送還件数を倍増、2030年末までに退去強制確定者を半減
被仮放免者等の情報共有:2026年度中に市区町村へのプッシュ型提供を開始
監理措置制度の強化:監理人による身元・生活状況の管理で所在不明や違法就労を防ぐ
交通違反情報の共有:2025年度中に警察から入管への情報提供を開始
情報共有がもたらす変化
被仮放免者等の情報を市区町村にプッシュ型で提供することは、これまでの「市区町村は実態を把握できない」という状況を大きく変えることが期待されます。
自治体による実態把握が可能に
市区町村は、管内に何人の被仮放免者が居住しているのか、その所在地、身分事項などを把握できるようになります。これにより、地域の実情に応じた適切な対応が可能になります。
例えば、子どもの就学支援が必要な家庭の把握、日本語教育の提供、生活ルールの周知など、従来は「誰がどこにいるかわからない」ために実施できなかった支援を計画的に行うことができます。
行政サービスの適切な提供
仮放免者は住民基本台帳に登録されないため、多くの行政サービスを受けられません。しかし、人道上の観点から提供すべきサービスもあります。情報共有により、どのようなサービスをどの範囲で提供するか、自治体が判断しやすくなります。
地域の安全・安心の確保
警察との情報共有も強化されることで、条件違反(都道府県をまたぐ移動の禁止など)や不法就労の取り締まりが効果的になります。適法に滞在し、地域社会に溶け込もうとする外国人と、ルールを守らない者を区別した対応が可能になります。
課題とバランス
ただし、情報共有には慎重な運用も求められます。被仮放免者の中には、真に保護を必要とする難民申請者や、日本で生まれ育った子どもたちもいます。プライバシーの保護、差別や偏見の防止、人道的配慮と法令遵守のバランスをどう取るかが重要な課題となります。
2023年8月頃から、仮放免中の人々に在留資格が認められるケースが相次ぎました。これは、当時の斎藤健法務大臣が、仮放免中の子どもを含む一定要件を満たす外国籍の子どもたちに対し、法相の裁量で在留特別許可を与える方針を示したことによるものです。
しかし、2025年8月からは入管による強制送還が加速し、日本で生まれ育ち学校に通う子どもがいる家族までトルコに送還される事例が報告されています。高校の推薦入学が決まっていた子どもが、それを辞退して帰国せざるを得なくなったケースや、父親の誕生日に収容され送還されてしまったケースなど、個別の事情を考慮しない一律の対応には批判の声も上がっています。
まとめ
被仮放免者等の情報を市区町村にプッシュ型で提供する施策は、2026年度中の開始を目途に準備が進められています。この施策は、これまで自治体が把握できなかった被仮放免者の実態を可視化し、適切な行政サービスの提供と地域の安全・安心の確保を目指すものです。
川口市のクルド人問題に象徴されるように、被仮放免制度をめぐる課題は、単なる出入国管理の問題ではなく、地域社会における多文化共生、人道的配慮と法令遵守のバランス、国と地方自治体の役割分担など、複合的な要素が絡み合った難しい問題です。
難民認定申請制度が2010年から2018年まで「申請6ヶ月後に一律就労可」という運用だったことが、就労目的での申請急増を招き、川口市へのクルド人集住という現在の状況につながりました。地理的・経済的な要因も重なり、仮放免者が地域に定着する中で、就労禁止という制度と生活の必要性との矛盾が、不法就労や地域住民との摩擦を生み出してきました。
情報共有の開始は、問題解決の第一歩です。しかし、情報を得た自治体がどのように対応するか、プライバシーをどう保護するか、差別や偏見をどう防ぐか、真に保護が必要な人々をどう見極めるかなど、運用面での課題は多く残されています。在留資格制度の正確な理解に基づき、適法性を確保しながら、個別の事情に応じた適切な対応が求められます。
今回のコラムでは、被仮放免者情報の市区町村共有という新たな施策について、その背景となる制度の変遷や川口市のクルド人問題などを交えて解説させていただきました。いかがでしたでしょうか。在留管理をめぐる課題と今後の施策について、皆さんのご理解の一助となれば幸いです。この記事についてご質問やご感想がございましたら、お気軽にお問い合わせフォームからお聞かせください。皆さんからのご意見は、今後のコンテンツ作りの参考にさせていただいております。
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